心の苦しみを乗り越える最後の方法
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湊川神社にはひと昔前までは南朝の関係者がしばしば出入りしていた。
現在も遺臣の子孫は参詣されるようだが南朝の活動は行われていないようだ。
平成になって熊澤陛下をはじめ鍵になる人が多く世を去られたからである。
時代錯誤に思う方も多いかも知れないが。戦後もかなりの期間、皇統を論ずる人々の勢力はあった。
今から書くのは私が幼少の頃に聞いた噂である。
南朝関係者には邪道に走る人も多かった。所謂「南朝ゴロ」である。
例えば「総会屋」になった人もいた。
商法の規定が緩やかで、判例も少なかった。正当なコンサルタントやブローカーなどと総会屋との境界もはっきりしていなかったのだ。
南朝の遺臣の一人に「バロン」と呼ばれる老人がいた。「バロン」は株主総会に出席したときの「車代」などを受け取る人であった。また南朝ゆかりの品と称する骨董や書籍の売買も行っていた。
「バロン」は毎年元旦にはかなりの金額を湊川神社に寄進していた。
だがある年の元旦。
湊川神社の門に入ろうとして、行きつもどりつして。
遂に神社に入らずに去った「バロン」を見た人がいた。
(バロンは去年の春の総会にも来なかったし最近は彼を信じて骨董を買う人もない…寄進する金がないから神社に入らないのか?)
見た人は思った。
読者の賢察の通り「バロン」は世を去っていたのである。
「バロン」の幽霊が現れたのは昭和43年。複数の人が見たそうである。
死者は神社に入れないからだと言う人、「バロン」の生前の行いが楠公に嫌われたからだと言う人もいた。
また来たのは病気がちの「バロン」の名を騙っていたブローカーだが勘を働かせて逃げたのだと言う人もいた。
Mさんより

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