生田神社は日本で最も古い神社のひとつ。はるか昔には布引にあり、水害で三宮に移ったのは平安時代と伝わる。
境内には碑文の類も多いが遺失したものもある。
例えば木畑巡査の殉職記念碑。
戦災から神社を護ろうとした人で殉職を伝えるべく顕功碑が建てられたと伝わる(兵庫県警編纂『フク流(ふくりゅう)』、フクはサンズイに伏。昭和53年発行)が、現在の境内にはない。
しかしながら。
観光客のなかにはその碑を見る人がたまにあるようだ。
他方。
山内一豊の記念碑は物理的に境内に実在するが、見ない人もある。
郷士の騙し討ちを
稚日女尊(わかひるめのみこと)がよく思わないので機嫌の悪い日には霧で隠してしまったり、先に書いた木畑巡査の碑と取り替えたりするのかも知れない。
また。
初詣などであまりにも人の多いときや、むやみに写真を撮る観光客のいるときには。
霧や雪で牌を隠してしまうこともある。
生田神社には雪はほとんど降らないのだが光の加減で雪景色のようになってしまうことはときどきあるようだ。
あるいは。
寄付金を積んで石柱に名を刻んだ実業家が友人を伴って来たときにも柱が見当たらなかったこともある。
必ずしも神意というわけでもなく市街にありながら古くからの森が残る地勢から来る光学的ないし心理的な錯覚かも知れない。
Mさんより